担当医からのメッセージ
「緑内障」とは、視神経が障害されることにより、見える範囲(視野)が徐々に狭くなる病気です。決して珍しい病気ではなく、40歳以上の20人に1人の割合で存在します。
いちど失った視野は、現代の医学では回復させることは不可能であり、緑内障と診断された後は、その進行を緩やかにすることが治療の主目的となります。そのため、生涯にわたって不自由のない視機能を維持するためには、早期発見と早期からの適切な治療が大切です。
これまでの研究により、眼圧を下げることによって、緑内障の進行が緩やかになることが分かっています。その方法として、薬物、レーザー、手術治療などが有り、緑内障の病態や進行状態に応じて、適切な方法を選択する必要があります。
緑内障は一定期間の治療で完了することはなく、生涯にわたる治療の継続が必要です。そのため、当院緑内障外来では、患者様自身が、緑内障について理解し、積極的に治療に参加することが必須だと考えており、治療方針について平易な言葉でわかりやすく説明するように心がけています。
概要
緑内障は、日本での中途失明(生まれつきでない失明)の原因第1位です。40歳以上の20人に1人、60歳以上では10人に1人、80歳代では6人に1人が緑内障とされます。年齢と共に有病率が増加することから、近年の人口の高齢化に伴い、緑内障は増加していくと考えられます。
緑内障は、加齢や高い眼圧などの影響で、脳と目をつなぐ視神経が徐々にいたんで視野が欠けていく病気です。初期の段階では自覚症状がほとんどないため、異常を感じた場合は病気がかなり進行している場合が少なくありません。一度いたんだ視神経や視野は元には戻らないので、治療が遅れると失明に至る場合があり、このことが、失明率が高い原因と考えられます。早期発見が重要ですが、日本では、眼圧が正常範囲でも進行する正常眼圧緑内障が多いため、健康診断の眼圧検査だけではみつけられないこともあります。早期発見には、眼科での精密検診が大切です。
失明原因(2019年)
Ryo Matoba, et al. A nationwide survey of newly certified visually impaired individuals in Japan for the fiscal year 2019: impact of the revision of criteria for visual impairment certification. Jpn J Ophthalmol. 2023; 67: 346-352
緑内障の原因
緑内障は、眼圧によって視神経が障害されることで起こります。眼圧は、眼球が形を保つために必要な圧力で、目の中の水分(房水)で調整されます。房水は水晶体の後ろにある毛様体という部位で生成され、角膜と虹彩の間(隅角)から排出されます。この産生と排出のバランスで常に一定の眼圧を維持しています。しかし、この排出経路に問題がある場合や何らかの障害がある場合、房水の流れが阻害され、眼圧が上昇して緑内障のリスクが増加します。
緑内障のタイプ
緑内障は、隅角の開き方の程度と眼圧の高さによって、大きく3つのタイプに分けられます。健康な状態では、隅角は開いていて、眼圧は正常(約20mmHgより低い)です。
(1)開放隅角(かいほうぐうかく)緑内障
隅角は開いていますが、眼圧が高い緑内障です。房水は、フィルターの働きをする線維柱帯を通り目の外へ流れ出ますが、このタイプの方は、線維柱帯が目詰まりを起こしていて、房水が流れ出にくくなっています。その結果、房水がたまって眼圧が上がり、その圧力で視神経がダメージを受けます。
(2)正常眼圧緑内障
隅角は開いていて、眼圧が正常である緑内障です。日本人の緑内障は、ほとんどがこの正常眼圧緑内障です。眼圧は正常であるのに、その方の視神経にとっては耐えられない高さの眼圧であるため、視神経がダメージを受けてしまうと考えられています。
(3)閉塞隅角緑内障
隅角が閉じていて、眼圧が高い緑内障です。代表的なタイプとして、以下の2つがあります。
慢性型
徐々に隅角が閉じていって、房水の流れが悪くなります。そのため眼圧が高くなり視神経がダメージを受けるタイプです。
急性型
虹彩と水晶体がくっついてしまい、房水の流れがせき止められたために(瞳孔ブロック)、急激に眼圧が高くなって視神経がダメージを受けるタイプです。
緑内障の症状
多くの緑内障では、初期の段階では自覚症状はほとんどありません。特に日本人に多い正常眼圧緑内障は、ゆっくりと進行するので、病状がかなり進行するまで気づかないといった特徴があります。その一方で、眼圧が急激に上昇して、目の痛みや頭痛、充血などを伴う閉塞隅角緑内障があります。
視野障害
- 初期
- 中期
- 晩期
初期は「一部分が少しかすむ」、中期には「もやが徐々に広がる」、晩期になると「霧の中にいるようにぼんやりする」という見え方になります。多くの場合、視野の周辺部分から見えていない部分が徐々に増えて広がっていきます。そして、このような状態に気づきにくいのは、視野の異常が突然におこるものではなく、何年もかかって徐々に進行するからです。そのことに加え、反対の目や脳が見えない部分を補うので異常に気づきにくいのです。その結果、片目が失明寸前でも緑内障に気づかないこともあります。
緑内障の検査
一般的に緑内障の診療に必須の検査として、眼圧検査、視野検査、眼底検査がありますが、最新の光干渉断層計(OCT)検査も非常に重要です。
眼圧検査
空気眼圧計、ゴールドマン眼圧計、アイケアといった複数の眼圧計があり、患者さまに合わせて最も信頼できる方法で眼圧測定を行っています。
視野検査
ハンフリー視野検査で、視野障害の状態や、進行のスピードを判定します。定期的におこなう視野検査のデータから、緑内障の進行具合を調べ、治療方針を決めることができます。
眼底検査
OCTは、眼底に弱い赤い光を当て、その反射を解析することで前眼部や網膜の断層画像を得ることができる装置です。当院には最新式の前眼部OCTと後眼部OCTがあり、以前は発見が難しかった小さな変化や細かい変化をとらえることができます。前眼部OCTでは、進行しやすい緑内障の目に特徴的な隅角の変化や手術後の状態を精密に検査できます。後眼部OCTでは、網膜や視神経を検査し、緑内障でいたんだ視神経線維層と細胞層の異常と進行をより早期に発見できます。視野検査で異常が現れていないごく早期の緑内障も発見できるため、積極的に検査を行っています。
緑内障の治療
緑内障に対する確実な治療法は、眼圧を十分に下降させることです。眼圧を下降させることによって緑内障の発症も進行も抑制できることが分かっています。隅角が開いているタイプの緑内障(開放隅角緑内障と正常眼圧緑内障)では、薬で眼圧を下げる治療から開始します。閉塞隅角緑内障では、レーザーや手術による治療が選択されることもあります。
薬物治療
眼圧を下げる目薬を点眼して治療します。通常1種類を使用して治療を始めますが、患者さんの状態に応じて2種類以上使用して治療する場合もあります。正しい点眼方法を守り、治療を続けることが非常に重要です。
緑内障治療薬
緑内障を治療する目薬(緑内障治療薬)は、いずれも眼圧を下げる薬です。たくさんの種類がありますが、眼圧を下げる仕組み、効果、点眼回数、副作用などに違いがあります。2種類以上の目薬で治療する場合、仕組みの違う薬は一緒に使用することができますが、相性の悪い組み合わせもあります。緑内障や目の状態、他の病気にかかっているか等、総合的に判断して薬を決定します。
緑内障点眼薬とその特徴
緑内障点眼薬は、眼圧を下げる仕組みによって、大きく2つのタイプに分けられます。目の外へ流れ出る房水の量を増やす(房水流出促進)タイプと作られる房水の量を減らす(房水産生抑制)タイプです。また、その他に、この2つのタイプの薬を組み合わせて1本に合わせた配合剤があります。
(1)房水流出促進
房水が流れ出る通路を広げ、房水流出を促進することで眼圧を下げます。通路には、ぶどう膜強膜流出路と線維柱帯流出路があります。
ぶどう膜強膜流出路タイプの薬
- プロスタノイド受容体関連薬<FP受容体作動薬>
ラタノプロスト、トラボプロスト、タフルプロスト、ビマトプロスト - α1遮断薬
ブナゾシン
線維柱帯流出路タイプ
- 副交感神経作動薬
ピロカルピン - イオンチャンネル開口薬
イソプロピルウノプロストン - ROCK阻害薬
リスパジル
ぶどう膜強膜流出路タイプ+線維柱帯流出路タイプ
- ★プロスタノイド受容体関連薬<EP2受容体作動薬>
オミデネパグ・イソプロピル
(2)房水産生抑制
毛様体で作られる房水の量を減らすことで、眼圧を下げます。
- β遮断薬
チモロール、カルテオロール、ベタキソロール、レボブノロール - 炭酸脱水酵素阻害薬
ドルゾラミド、ブリンゾラミド
(3)房水産生抑制+房水流出促進
- α1β遮断薬
ニプラジロール - α2作動薬
ブリモニジン
(4)配合剤
点眼の負担を減らすために、(1)から(3)までのタイプの違う薬を2種類組み合わせて1本にした薬です。
- ラタノプロスト+チモロール
- ラタノプロスト+カルテオロール
- トラボプロスト+チモロール
- タフルプロスト+チモロール
- ドルゾラミド+チモロール
- ブリンゾラミド+チモロール
- ブリモニジン+チモロール
- ブリモニジン+ブリンゾラミド
手術治療
開放隅角緑内障や正常眼圧緑内障では、緑内障点眼薬では十分に眼圧が下がらない場合や、眼圧は下がっても視野障害が進行する場合、副作用や他の事情で目薬が使用方法通りに点眼できない場合に、レーザーや手術による治療を検討します。また、閉塞隅角緑内障では、隅角が閉じる原因によって、緑内障点眼薬の他、レーザーや手術による治療を検討します。手術治療の目的は、眼圧をより低くすることで視神経に加わる圧力を減らし、視野障害の進行を遅らせたり止めたりすることです。いたんだ視神経が元に戻ることはないため、手術治療で視力や視野が回復することはありませんが、生涯にわたって視野と視力を保つための重要な治療法の1つです。
当院では、以下のような手術を行っておりますが、緑内障のタイプや進行状況に合わせ、最も適切な治療を選択します。
レーザー手術
レーザー虹彩切開術(LI)、選択的レーザー線維柱帯形成術(SLT)など
手術療法
濾過手術(線維柱帯切除術、インプラント挿入術、濾過胞再建術)、低侵襲緑内障手術MIGS、線維柱帯切開術、トラベクトーム、白内障手術併用ドレーンiStentなど
レーザー手術
1)レーザー虹彩切開術(LI)
レーザー虹彩切開術は、虹彩と水晶体が密着し房水の流れが止まる『瞳孔ブロック』を予防する、または起きてしまった瞳孔ブロックを解除するための手術です。瞳孔ブロックが起こると、たまった房水によって眼圧が急激に上がり、視神経に障害を与える場合があるからです。レーザーで虹彩に穴をあけて房水の新しい通路を作ることで、目の中の前後の圧力の差がなくなるため、隅角が広がって、房水が目の外に流れ出るようになります。隅角が狭い方や閉塞隅角緑内障の方などが対象となります。
方法
- レーザー手術の約1時間前に瞳を小さくする目薬を点眼します。瞳が小さくなり、虹彩全体が薄く引き伸ばされ、レーザーで穴を開けやすい状態になります。
- 術後の一過性の眼圧上昇を予防するため、目薬を点眼します。
- 点眼麻酔をしたあと、手術用のコンタクトレンズを付けて、瞳から離れた場所の虹彩にレーザーで小さな穴をあけ、新しい房水の通路を作ります。
合併症
重篤な合併症は水疱性角膜症です。これには、角膜内皮の状態やレーザー照射の総量などが関係しているとされるため、レーザー手術前に角膜内皮の状態を調べ、過剰な照射に注意しながら行います。
2)選択的レーザー線維柱帯形成術(SLT)
房水がフィルターである線維柱帯を通って目の外へ流れ出るとき、線維柱帯がメラニン(色素細胞)によって目づまりを起こしていると、房水が流れ出にくくなって、眼圧が上昇します。SLTは、目づまりの原因であるメラニンだけ消滅させることができるレーザーを使用するので、線維柱帯そのものや周辺の組織にダメージを与えることがありません。そのため、SLT後しばらく経過して、また眼圧が上がってきた場合に、前回と同じ場所にレーザーを照射して、繰り返し治療できるという非常に優れた治療法です。
方法
- 手術後の一過性の眼圧上昇を予防するための目薬を点眼します。
- 点眼麻酔をしたあと、手術用の隅角鏡を使用して線維柱帯の位置を確認しながらレーザーを照射します。
合併症
多くは、軽症の充血やかすみや違和感などで、おおむね1週間程度で治ります。まれですが、前房出血の報告があります。
濾過手術
前房から結膜の下に房水を流す新しい通路を作る手術で、線維柱帯切除術(トラベクレクトミー)や小さな金属製チューブを挿入するインプラント挿入手術があります。
1)線維柱帯切除術(トラベクレクトミー)
原発開放隅角緑内障をはじめ、大部分の緑内障の方が対象であり、世界(日本を含む)で最も多く行われている緑内障手術です。前房と結膜の下にある組織との間に新しい房水の流水路と、流水路の先に貯水池の働きをする濾過胞を作る手術です。房水を前房から直接流し出して濾過胞にため、濾過胞にたまった房水が、最終的に結膜の血管やリンパ管に吸収されることで眼圧が下降します。
方法
- 局所麻酔を目に注射します。
- 結膜を部分的に切ってはがし、手術後に房水の流出量を調節するためのフタを強膜に作成します(強膜弁)。
- 作った通路がふさがらないように、強膜弁の上下にマイトマイシンCという薬を塗って予防します。
- 強膜や虹彩や線維柱帯の一部を切り取り、流水路を作ります。
- 強膜弁でフタをして、房水がしみ出る程度に数か所を糸で縫い付けます。手術後に眼圧を調整するためです。
- 最後にはがした結膜を元に戻して縫い付け、濾過胞ができたことを確認します。
線維柱帯切除術は手術だけで眼圧を調整する術式ではありません。手術後に眼圧を調整することが必要です。眼圧が高い場合は⑤で縫い付けた糸を切って強膜弁の閉じ具合をゆるめ、眼圧が低い場合は追加で糸を縫い付けて強膜弁の閉じ具合をきつくします。
合併症
今までに報告されている副作用として、浅前房、脈絡膜剥離、悪性緑内障、白内障、濾過胞炎、眼内炎、眼圧上昇、術後の視力低下などがあります。また、術後数か月から数年経った後に起こる濾過胞からの晩期感染症は、特に重篤な合併症です。手術を受けた方は、目を清潔に保つよう心掛け、何か異常があったらすぐに医師に相談してください。
2)インプラント挿入術(プレートのないチューブシャント手術)
前房にエクスプレスⓇやプリザーフロⓇマイクロシャントという小さなステンレス製のチューブを埋め込み、新しい房水の流水路とする濾過手術です。線維柱帯切除術と比べて、虹彩や線維柱帯の一部を切る必要がないので、手術による出血や炎症が少なくなります。また、チューブの流水路なので、大きさがいつも一定であるという利点があります。隅角閉塞緑内障やぶどう膜炎、金属アレルギーの方には使用できません。
方法
基本的には線維柱帯切除術と同じですが、流水路を作る代わりに、専用のチューブを強膜や結膜から前房へ埋め込みます。
合併症
線維柱帯切除術と同じですが、出血や炎症、低眼圧等の合併症が少ないと言われています。感染症を避けるため、手術を受けた方は、目を清潔に保つよう心掛けてください。
エクスプレス
プリザーフロ
プリザーフロ断面図3)濾過胞再建術(needle(ニードル)法)
線維柱帯切除術後に濾過胞ができず、眼圧が上昇してしまうことがあります。体の自然な反応として傷を治そうとする働きのために、房水が漏れ出てくる場所がくっついて(癒着)閉じてしまうためです。一般的には、眼球マッサージや強膜弁を縫い付けた糸をレーザーで切って眼圧を調整しますが、それでも濾過胞ができず眼圧が下がらない場合は、ニードル(針)で濾過胞再建術を行います。
方法
- 目に麻酔を注射した後、結膜にニードルをさし込み、結膜と強膜の癒着をはがします。
- 更に強膜弁の癒着もニードルではがします。
- 房水が強膜弁から漏れ出てくる状態を確認して針を抜き、結膜を縫い合わせて終了します。
合併症
前房出血、濾過胞炎、眼内炎、出血、低眼圧、脈絡膜剥離、低眼圧黄斑症、悪性緑内障、術後の視力低下などが報告されています。
房水流出路再建術
線維柱帯を切開してシュレム管への房水流出の促進を目的とする手術で、眼外法と眼内法があります。
1)低侵襲緑内障手術(MIGS(ミグス))
これまでの緑内障手術と比較して、目に負担の少ない緑内障手術の方法をまとめて低侵襲緑内障手術といいます。小さく切開して手術を行うので、手術時間が短い、合併症が少ない、手術後の回復が早いなどの利点があります。低侵襲緑内障手術としてマイクロフックトラベクロトミー(眼内法)、トラベクトームⓇ、白内障手術併用眼内ドレーンのiStent(アイステント)®という小さな器具を埋め込む手術があります。
2)線維柱帯切開術(マイクロフックトラベクロトミー・眼内法)
マイクロフックは、線維柱帯を切るための細い金属製のデバイスです。従来のトラベクロトミー(眼外法)という術式は、結膜や強膜を切開したあと、目の外側から直接見えない線維柱帯を切るので、熟練の技が必要でした。これに対して、マイクロフックトラベクロトミーは、隅角鏡を使って目の内側から線維柱帯を直接確認しながら挿入したマイクロフックで切ることができるので、結膜や強膜への侵襲がなく、より正確で安全です。
方法
- 局所麻酔を目に注射します。
- 角膜をごく小さく切開し、マイクロフックを挿入するための入口を作ります。
- 隅角鏡を角膜に当て、線維柱帯をよく見ながら、挿入したマイクロフックで線維柱帯を切っていきます。
合併症
前房出血、一過性の眼圧上昇などがありますが、重篤な状態になる可能性は低いです。